パスッ。
バスケットボールがリングに触れることなくネットに吸い込まれる。
パスッ。
パスッ。
どの位置から打たれてもボールは精密機械のように正確に放物線を描く。
制服のままバッシュを履いた生徒はシュートを打ち続けた。
呼吸一つ乱さず何度も何度もリピート映像のごとく繰り返され、静かな体育館にボールの弾む音とバッシュの足音が響く。
誰もいない夕暮れどきの体育館は、さっきまでやっていた部活の熱気で満ち溢れている。
バイトもせず夜遊びもせず、ただただスポーツに情熱を燃やし、高校三年間を汗と涙が埋め尽くす。
そんなくだらないやつらとのくだらない付き合いなんてごめんだ。
『ラスト…』
最後の一本を打つため、思いっきり踏み込んで飛ぼうとしたその時、左足に激痛が走る。
『っつ…!!』
着地が出来ずフロアに崩れ落ちた。
ボールは行き先を見失い転がってゆく。
左足を押さえながらうずくまり、声にならない声を上げる。
『うぅ……』
誰もいない広い体育館の真ん中に小さくうずくまった俺は、まるで世界から隔離され取り残されたような孤独に襲われながら気を失ってしまった。
しばらくして気付くと、もやっとした視界のなかに立っていた。
『あれ…痛くない…』
足の痛みはなく何故か昔のバッシュを履いている。
『え…?ユニホーム着てる…』
俺は見覚えのある水色のユニホームを着ていた。
回りを見渡すと中学時代のバスケ部の奴らがコートを走り回っていて、誰かが叫んでいる。
『何やってんだましろ!!!走れ!!!』
ああ、中学時代の顧問だ。
指を差された先を見るとパスが飛んでくる。
考えるより先に体が動いた。
俺はボールを受け取り、風のようなドリブルでディフェンスの間を抜け、そのままコートの真ん中を駆け抜けた。
相手チームがすぐ後ろに追い付いてきたが、ゴールは目の前で、俺は余裕でシュートを決めるつもりで飛んだ…つもりだった。
バランスを崩してゴール前で倒れた。
ボールは相手チームが持っている。
そいつは倒れた俺を見下ろしニヤッと笑ってロングパスを送る。
-反則だ…!-
さっき俺はユニホームが引っ張られてバランスを崩したんだ。
こいつっ…!
くそっ!審判も気付いていない。
相手チームはそのまま得点を入れ僅差だった得点は離された。
残り時間は僅か。
逆転は絶望的だった。
県大会への道が途絶え皆が崩れ落ちる。
三年生にとっての最後の大会はこうして幕を閉じた。
二年で他の三年を差し置いてレギュラーとなっていた俺は、俺のせいで負けたような罪悪感に苛まれていた。
どうしても納得がいかず試合後も審判に詰めよったが、先輩や顧問に止められ泣き寝入りした。
先輩や先生はどんな気持ちで俺を止めたんだろう。
俺は悔しくて苛立った。
帰り道、駅へ向かっていると相手チームのやつに出くわした。
ニヤニヤしながら俺を見ている。
俺は我慢の限界だった。
気付くとそいつに馬乗りになり殴りかかっていた。
周囲にいた人々が止めに入り騒然とする。
あぁ…そうだっけ。
俺これが原因で退部になったんだ。
当時の俺と今の俺がシンクロし退部の理由を思い出した。
数ヵ月が過ぎ三年に進級した。
バスケ部を退部となった俺は毎日やることもなくプラプラして悪い友達や高校生の先輩とも次第に仲良くなっていった。
世の中で起こる全てのことに興味がなくて、誰が困ろうと誰が死のうとどうでもよかった。
当時の俺も今の俺も同じ気持ちだが一つだけ変わったことがある。
時間が経つにつれバスケをやりたい気持ちが抑えきれないほど強くなっていることだ。
当時もそりゃぁやりたかったけど、俺は悪いことをした意識もさほどなく、納得のいかないことを曲げてまでバスケを続けたいなんて思っていなかった。
ただ、今となってはそれが正しかったのかは分からない。
なぜ俺はこの時代の俺に戻ってきたんだろう。
俺はいつものように友達たちとファーストフード店に入りコーラで飲み会のように盛り上がる。
迷惑な客だろう。
俺はいつもの調子でみんなに合わせながらも周りの視線が気になった。
中学生って痛々しいよなぁ。
見た目は中学生だが中身は高校生なので恥ずかしくなる。
俺は輪から外れ、ふと外を見た。
数ヵ月前殴った相手チームのバッグを持った女の子がスマホをいじりながら歩いている。
『ちっ…』
なんとなく気分が悪くなって舌打ちをした。
一旦目をそらしたがなんとなく気になって再び目をやると、赤信号の交差点にスマホを見たまま気付かず進入しようとしている。
『え…おい…!ちょっ…』
俺は慌てて店を飛び出した。
女の子に駆け寄るがすでに道路を渡り始めている。
車が迫ってくる。
俺は全力で走り女の子に追い付いて後ろからかばうように抱き付き横に飛び転がった。
キュキュキュキュッッ…!
車は寸前のところで俺と彼女を避けて通りすぎていった。
運転手が何か怒鳴っている。
俺は息を切らしながら女の子に話しかけた。
『だ、大丈夫?』
女の子はびっくりした顔でこっちを見て固まっている。
突然の出来事で自分が轢かれそうだったことに気付いていないのだろう。
俺は立ち上がり女の子に手を差しのべる。
今起きたことを説明し、立ち去ろうと友達のほうへ向かった。