誰とも知らぬ女の、甲高い悲鳴が丑三つ時の夜闇に響いた。
「魔法よ、"クウハク"よ」と。
何も知らない少女は逃げた。
愛に満ち溢れた平和の硝子は突如として弾丸に砕かれ。
わけもわからず“クウハク”などと呼ばれる、罪もない少女。
逃げた。
逃げた。
逃げた。
それはこの足が折れるまで。
「私は悪しき者ですか?」
「私は何か、罪を犯しましたか?」
「_お教えください。この私に、愚かな__に。」
「私は神に裁かれるべきであり、滅亡せねばならず、存在してはならない物ですか?」
息も切れ切れ、最早残り二歩程度の背後に迫る「殺せ」の声。
嗚呼、終わりだ。終わるんだ。
目を伏せた刹那、黒いローブと華の香り。
それは笑って、あるいは嗤って、少女に告げる。
『悪だからと神に裁かれる道理はない。』
『ようこそ、華ノ鴉学院へ。』
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さてさて、安全な場所に逃げたところで。
やあ、こんばんは。"クウハク"と呼ばれていたのは君かな?
ああ、安心してくれていい。私は君の敵ではない。いいや、「私達」と言うべきだろうか?
いずれにせよ、君はもう追われることはない。足も痛かろう?さあ、こちらへ。君には沢山の事を教えなければならない。
【”クウハク”】
"クウハク"。君はそう呼ばれ、恐れられていたね?それは数十年前の事件に由来する。ただの人間が、後天的に力を得た。未だ原因は解明されないがね。通称「魔法」と呼ばれる類の物だが、その「魔法」は、放っておくには少々危険すぎた。触れた人間全ての記憶を抹消する「魔法」。名も知れぬ人間はその魔法の性質から"クウハク"と呼ばれるようになり、いつしか意味が転じて魔法を扱える人間のことを指すようになったというわけだ。そして初代"クウハク"は、今もどこかで生きている。
……何ともまあ傍迷惑な話だが、それは置いておくとして。"クウハク"には先天的な物から後天的な物まであるし、扱える魔法だって様々だ。だけれど一貫して、最初は使いこなせない。知らないうちに魔法を使ってしまって、「記憶を消される」と勘違いした一般人に迫害されるというわけだ。確かに記憶に関わるものだってあろうが、それは数多くいる"クウハク"の中でもごく僅か。にもかかわらず、僕達は迫害を受ける。そうして命が危うく、尚学生である"クウハク"達の為に、「華ノ鴉学院」は設立された。
【華ノ鴉学院_ハナノカラスガクイン】
"クウハク"達のためだけに作られ、主に魔法の制御を教える学校だ。洋風の4階建ての校舎に男女別の寮がついている。学院の敷地を取り囲むように不可視の壁があるが、まあそれはどうでもいいんだ。教室については後で教えてあげられるから、先に校則を伝えとかなきゃ。知りませんでした、じゃ済まないからね。
〈校則〉
_目上の者は必ず敬いなさい。ただし、”下剋上”ならびに”月夜のお茶会”については無効とする。
_校舎、校庭以外で不必要に魔法を使用してはなりません。外での怪我の治癒等は人目につかない場所でしなさい。
_男子寮女子禁制、女子寮男子禁制。
_尚、以上を破った者は生徒会執行部より重い罰を受ける。
破ったらお仕置き部屋に放り込まれて一対一で罰を受けるんだってさ……怖いねえ。さて、話は戻るけど。文字通り"クウハク"しかいないから、存分に君の力を見せてくれていい。ただ、君よりも上級者の"クウハク"が山ほどいるから、君の安全のためにも喧嘩は売らないようにね。それじゃあ、いくつかある制度について教えよう。
【制度】
〈危険度〉
まず、D、C、B、A、S、SSの六つの階級がある。これは魔法の危険度を現す階級で、危険であればあるほどSSに近くなる。勿論SSに近付けば近付くほど制御は難しくなるし指導も厳しいから覚悟してね。他者を治療する魔法なんかはもれなくDランクだが、代償を伴う場合はそうとは限らないそうだ。間違ってもこれは魔法のランクじゃあない。
〈制御率〉
生徒は赤、橙、黄、緑、青の五色の中から一色、目に見える位置に装飾品や刺繍を入れなければならない。ああ、好きな色じゃないよ?もし好きな色なら私は青がいい。これは魔法の制御の度合いで、制御ができていなければできていないほど赤に近づき、制御ができていればできているほど青に近づく。やっぱりこれは基本的に学年が上になるほど青に近くなるかな、一年で青の装飾品なんて指折りだ。ちなみに、基本的には危険度に反比例しているよ。危険度が高ければ制御率は低下し、危険度が低ければ制御率は上昇する傾向にある。ただ例外だっているんだよ?そう、たとえば私のような。
〈級位制〉
魔法の扱い方、危険度に応じての制御率、知識……これら全てを合わせた階級も存在する。すれ違うときなんかに相手や自分の階級をわかりやすくするために作られた大雑把なものだ。下から五級、四級、三級、二級、一級。これらは分かりやすく胸につけるバッジで示されるが、大雑把とはいえ恐らくこの学院内ではこの階級が最優先されるだろう。五級は蓮華、四級は鈴蘭、三級は彼岸花、二級は薔薇、一級は牡丹一華をあしらったバッジで表される。僕はただの弱っちい生徒だが、どうも五級付近には生徒会や階級制度に対する怨念が渦巻いている気がしてならないよ。
【下剋上】
そんな五級たちでも、すぐさま階級を上げることのできる方法があるのはご存知かな?最近の生徒会が打ち立てた、「下剋上」という文化だ。一対一で魔法の種類問わず勝負を行い、階級が下の者が勝利すれば上の者と階級を交換でき、階級が上の者が勝利すれば下の者の処罰の決定権と敗けた下の者を所有物として扱える権限を与えられる。ギャンブルでしかないが、もしも君が下に配置され、尚頂点とまともにやり合えるほどの実力があるというのならば受けてみるといい。私にはどうしても生徒会が五級達に喧嘩を売っているようにしか見えないけど。
【生徒会執行部】
私の個人的見解で随分と悪そうな印象を持たせてしまった生徒会だが、その実態は生徒を代表する選ばれた者たちだ。生徒会長一名、生徒会副会長二名、書記一名、会計一名から成る小組織。独裁的な者から民主的な者までてんでばらばらではあるが、どうあれ下の者から反感を買っていることに変わりはない。尊敬と同時に畏怖の対象でもある組織だ。なにせ彼らはその権力で階級を上下させることができるのだからね。そしてそれほどの権力を持つ理由は、彼ら自身の階級にある。全員が青のブレスレット、かつ牡丹一華のバッジをつけているそうでね。流石成績にこだわるだけあってどれだけ性格がひねくれていても許されるのだよ。まあ、まぎれもないエリート集団だからこその半ば絶対的王権なのだろう。
【教師】
その名の通り、”クウハク”達に魔法の制御を教える教師だよ。ああ、無論華ノ鴉学院は”クウハク”だけの学校だから、彼らも皆”クウハク”さ。だからここの卒業生が多いんだ。たまに元々教師で最近になって”クウハク”化して、制御が出来るようにしてここに来たって言う先生もいる。数が数だけあって中々転勤したりもしないし、だからと言って新しい先生もあまり来ない。ちなみに先生たちが教えるのは「制御」だけじゃないよ?普通の高校のように、当たり前に各教科を教える先生がいる。ただ無論その彼らも”クウハク”だし、級位制による階級制度がないとはいえ、もし位をつけるとするならば全員一級に匹敵する実力者たち。仮に君が授業中に暴走しても、基本どの先生もそれを抑え込める力はあるようだね。
【月夜のお茶会】
お話はうってかわってお祭りごと。月の半ばと終わりに開催される「月夜のお茶会」。花の咲く庭で行われるこのお茶会は、己の身分を隠さなければならない。仮面を付けて、黒いローブを羽織って、バッジは外し、ブレスレットも外す。一級でも五級でも、この時だけはみんな平等……という、階級制度を悉く覆すお茶会だ。魔法の使用に制限はかかっていないから、暴れるも戯れるも君次第というわけさ。仮に何かが壊れたとしても、責任は僕が負うから君は何も気にしなくていい。ただ静かに紅茶を飲みながらお話をしてもいいんだ。君が外で迫害されていたときの話をしても。誰も君を知らない。素性の詮索は禁じられているから、好きなことをしてくれ。
何にも縛られず、ただ、ただ、ありのままのキミをここで。蓮華、鈴蘭、彼岸花、薔薇、牡丹一華。すべての花が咲く……あるいは返り咲くこの庭は、だれも、何も、制限しない。
【属性】
少し話は戻って魔法に戻るが、君には属性と言うものがあることを教えなければならなかったね。そう、属性。魔法には10の属性があり、うち6つは2つの三竦みとなっている。すべての属性において扱える魔法は二種類となり、同じ属性でなければならない縛りが課されている。優位性を発揮するもの、劣位性を発揮するもの……それぞれあるが、まずはすべての属性、焔、雫、翼、闇、光、霊、毒、治、空、呪。それぞれ解説をしていこうか。
《焔》
焔。紛れもなく、あの燃え盛る焔。焔を操る魔法から焔で何かを形成する魔法、焔自体を造る魔法は焔に該当し、危険度はBからSに相当する。これは雫に優位に、翼と間に劣位となる属性だ。
《雫》
雫。時にヒトに救いの手を、時にヒトに悪魔の手を差し出す気分屋な彼ら。水、氷、雪といった水に関わる物を操る魔法は雫に該当し、危険度はDからAに相当する。これは翼に優位に、焔と間に劣位となる属性だ。
《翼》
翼。ヒトが手を伸ばし、尚届かなかった境地。風を巻き起こす魔法、天候を自在に操る魔法は翼に該当し、危険度はCからAに相当する。これは焔に優位に、雫と間に劣位となる属性だ。
《闇》
闇。ヒトが怯え崇め、そしてヒトと、光とともに長い時間を歩んできたモノ。闇に溶けたり、闇を纏ったりとレパートリーは広いが、そのような魔法は闇に該当し、危険度はAからSSに相当する。これは光と間に優位に、霊に劣位となる属性だ。
《光》
光。今もこうして気付かぬうちに辺りを照らしている、もっともありふれたモノ。光を放ったり、光自体を操ったりと闇と同じくレパートリーは広い。このような魔法は光に該当し、危険度はCからSに相当する。これは霊と間に優位に、闇に劣位となる属性だ。
《霊》
霊。おぞましいながらも、神でもあり。すべてすべてを任された、ひとつの概念。憑依させるものから召喚術までさまざまだが、そういった魔法はすべて霊に該当し、危険度はBからSSに相当する。これは闇と間に優位に、光に劣位となる属性だ。
《毒》
毒。ヒトを殺め、また救う。刃物であって薬である、対を持つモノ。己を毒へ変化させる魔法、毒を蔓延させる魔法などは毒に該当し、危険度はAからSSに相当する。これは毒が全ての属性に有利になると同時に、全ての属性が毒に有利となる。
《治》
治癒。概念は移り変わりこそすれ、これはいつだってヒトの優しさから育まれる。他者を治癒するもの、己を治癒するもの、代償を払って蘇生するもの……物体であれ生物であれ歴史であれ、「なおす」魔法は治に該当し、危険度はDのみとなる。しかし代償を孕む場合、極稀にだがSSが見られる。これは焔、雫、翼、闇、光、霊にわずかな劣位性を発揮させ、呪に非常に強い劣位性を発揮する属性だ。
《間》
間。意識しても尚認識できない、現在のヒトには早すぎる何か。距離を操るものや時間に関係する魔法、空間に直接関与する魔法は間に該当し、危険度はDからAに相当する。これは焔、雫、翼に優位に、闇、光、霊に劣位となる属性だ。
《呪》
呪。治と対を為す、ヒトの憎悪で育まれるモノ。以上のすべてに該当できず、「のけもの」となってしまった魔法が呪に該当し、危険度はDからSSに相当する。これは炎、雫、翼、闇、光、霊に僅かな劣位性を発揮する代償として、治に非常に強い優位性を発揮する。
さて、魔法についての説明はこれくらいにして。君がこの学院で生活するに当たって指折りに重要な校舎についてを教えなければならないよね。
【校舎】
繰り返して説明することになるが、うちの校舎は洋風の四階建てだ。敷地の周りには、他者に「何となく近付きたくない」と思わせる不可視の壁が張られている。そんなわけで、一階から説明しよう。
《一階》
〈玄関〉
西側には学年混合の男子用玄関、東側には学年混合の女子玄関がある。男子が東側に行ったり、女子が西側に行ったりするとあらぬ誤解を招くから気をつけて。
〈一年教室〉
SS組、S組、A組、B組、C組、D組のある教室だ。お察しの通り危険度に準じて教室が作られている。ただし、休憩であればどの教室に行っても構わない。
〈渡り廊下〉
西側に男子寮へ続く渡り廊下が一本、東側に女子寮へ続く渡り廊下が一本、南に講堂へ続く渡り廊下が一本の計三本だ。因みに生徒会が校則違反として罰すことのできる境界はこの渡り廊下となる。その手前までなら不審がられるが赦される範囲なんだよ。
《二階》
〈二年教室〉
一年同様、SS組、S組、A組、B組、C組、D組のある教室だ。お察しの通り危険度に準じて教室が作られている。ただし、休憩であればどの教室に行っても構わない。
〈食堂〉
男女学年混合の食堂がある。バイキング形式の日替わり給食だね、私もちょっと混ぜてほしい。先輩後輩関係なく一緒に食べることが出来るそうな。
《三階》
〈三年教室〉
一二年同様、SS組、S組、A組、B組、C組、D組のある教室だ。お察しの通り危険度に準じて教室が作られている。ただし、休憩であればどの教室に行っても構わない。
〈職員室〉
全職員の休憩場所だったり会議場所だったり。授業に出てさえいなければ彼らはここにいるから、分からない所を聞きに行ったり提出物だったりはこちらへ。
〈保健室〉
みんな大好き保健室。ベッドがいくつかと医療設備が整っている、夏は涼しく冬は暖かい至高の場所だね。
〈図書館〉
みんな大好き図書館。普通の学校の二倍はある様々な種類の本と、課題でも何でもできる静かな教室だよ。
《四階》
〈お仕置き部屋〉
生徒会と罪を犯した者のみ入室を許されている部屋。扉から重厚で重苦しくて、だが中に入った生徒には口封じがされる。出てきた者すべてが青ざめるような中を知りたいなら、校則を破るしかない。
〈その他授業関係の教室〉
理科室や美術室や音楽室、その他諸々特定の授業専用の教室は四階に詰め込まれている。一年はちょっと大変だけど、頑張ってね。
《別施設》
〈寮〉
西側に男子寮、東側に女子寮。渡り廊下から続く男女完全別の寮で、こちらは南北に伸びる二階建てのものとなる。一階に一、二年、二階に三年。寝室や浴場などがあるよ。
〈講堂〉
集会を行う他、体育館としての役割もある。昼に遊んでもいいが、朝や夜には封鎖されている。
〈プール〉
講堂から更に続く渡り廊下の先にあるプールだ。夏限定で解放され、ナイトプールなどといった企画もあるのだとか。
〈グラウンド〉
他の学校よりは少々広めなグラウンド。下剋上はここで行われるが、休憩時間は下剋上を中止して解放されるから飛び出して遊ぶもよしだよ。
〈庭〉
月夜のお茶会の行われる、あの5つの花が咲く庭。蓮華、鈴蘭、彼岸花、薔薇、牡丹一華。僕はふらふらしているけれど、一番よくここにいるから、用があるなら来るといい。
【制服】
そうそう、これも伝えとかなきゃね。やはり学校たるもの、制服は基本あるだろう?後で入学届と一緒に二着ずつほど届けさせておくから、校舎ではそれに着替えてね。男子は学ラン、女子はセーラー服といった極々普通の制服だが、それぞれ左胸にポケットがついていてね。その左胸のポケットに階級を示すバッジをつけるんだ。そういえば、女子が学ランを着たり、男子がセーラー服を着てもいいそうだよ?
【?????】
〈0級〉
この学院に4名のみ存在する、一級の更に上。バッジの花は不明。一年に1名、二年に1名、三年に2名。
〈Unknown〉
この学?に4名のみ存在??、幻の属性。焔、雫?翼、闇、光、霊に優???り?毒、治、間?呪に劣位とな?属性?一?に??、?年に???三?に????????????????
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