一つの大陸に二つの王国。
名前は、今は伏せておきましょう。
主役の彼等には興味のないお話ですから。
とにかく、舞台はその三つ。
隣り合う両国は、残された史実だけでも既に千と幾らかの年月を戦争に費やしておりました。魔法の代わりに、科学が、錬金術が、蘇生術が発展したこの世界は、それらの技術全てを戦争に注ぎ込み、我先にと兵器の開発を進めていきました。
そうして、まずは大砲が。次に戦車が、戦闘機が、毒ガスが。生み出されては使用され、使用されては改良されて。それでも尚、新たな武力を求めて技術革新は行われます。
その最後にこの世界に産声を上げたのは、生物兵器である新人類でした。どちらの国が最初に行ったのか、今ではもう分かりません。倫理観の取っ払われたその時代、人権の一つも自我の欠片も無く生み出された彼等は、戦場へと投入されたのです。
さあ、結果はどうなったか。彼等は確かに恐るべき戦果を上げました。広大な大地に広がったのは、無惨に壊れた戦車、地に伏した戦闘機、漂う毒ガス、一面の赤と肉。そして、そこに悠々と立つ生物兵器のほんの数人。ここに来て初めて両国は自らが創り出したものの危険性を理解したのです。彼等には罪悪感などありませんでした。彼等は、強靭な肉体を持っただけのほんの幼子でした。
結局、生物兵器である彼等はたった数人のみを残して、全て廃棄されました。余りにも世界の手に余る代物だったのです。命令を聞くように造られた彼等は素直に焼却炉へと消えて行きました。では、残された数人はと言うと微かに芽生えた自我により、人間を遥かに凌ぐその身体能力で何処かへ身を隠してしまいました。彼等の存在は、歩き回る核兵器のようなもの。今も、両国は戦争を行っています。その傍らで、今も、彼等の存在を追っています。
これは、世界に必要とされない人間一年生の生物兵器『murder』が、追手から隠れながら、戦場を渡り歩きながら、ささやかな人間ごっこに興じる、そんなお話。